コカイン・大麻は身を滅ぼす!!
「捕まって良かった……」と述懐する被告人に執行猶予の判決
− 東京地裁 −
1 当番弁護士出動要請
当番弁護士の担当日は、
弁護士会の刑事弁護センターからの出動要請に備え、
朝10時から夕方5時半まで、事務所で待機する。
「今日の出動はなしかな……」と、思い始めた午後5時過ぎ、
事務所の電話が鳴った。
弁護士会の刑事弁護センターからであった。
大麻取締法違反と麻薬及び向精神薬取締法違反の男性被疑者。
留置されている警察署の留置係を通じて、弁護士会に当番弁護士の出動を要請したのである。
当番弁護士とは、
全国各地の弁護士会が毎日当番の弁護士を置き、
身柄拘束をされている被疑者・被告人や家族などから、
弁護士会に接見(弁護士の面会)の依頼があった場合に、
当番弁護士が1回だけ無料で接見に赴き、相談に応じる制度。
逮捕された被疑者等は、法的知識もないまま、
身柄拘束下で一方的な取り調べを受ける
(注:被疑者国選弁護人制度が導入されたものの、
長期3年の刑を超える犯罪に限定されたうえ、
利用できるのは勾留後に限られている。)。
警察の留置場(代用監獄)での一方的取調べによる自白強要は、冤罪の温床である。
当番弁護士による初期段階での助言・援助の必要な由縁である。
2 駆けつける当番弁護士
早速、被疑者差入用パンフ「身柄を拘束されている方に」、
「弁護人選任届」用紙、名刺、六法などを持って、
○×警察署に駆けつける。
事務所からは距離のある東部地域の警察のため、
午後7時近くにはなっていたが、
警察での弁護士接見は夜間・休日もOK。
立会人無しでの弁護士接見は、
憲法及び刑事訴訟法で保障された被疑者の権利であり、
取調中でも、弁護士の接見申し出があれば、
取調べを中断して、接見させなければならない。
接見室に現れた中年の男性被疑者Aさんの顔色は悪く不安げ。
状況を確認する。
昨日夜11時頃、東部地域繁華街のB駅裏でいつもの売人から大麻を買ってすぐに、
見張っていた警察官から職務質問を受け、大麻の所持を白状し逮捕されたとのこと。
他に、自宅に少量のコカインが残っているとか。
差し入れたパンフ「身柄を拘束されている方に」を見てもらいながら、
今後の手続きの流れと被疑者の権利につき説明。
・・・ 明日は、送検(検察庁に行く。逮捕後48時間以内)。
明後日は勾留質問(裁判所に行く)。
送検後24時間以内に「勾留請求」がなければ釈放だが、
本件では「勾留請求」される見通し。
裁判官が勾留を決定すると、
勾留請求の日から10日間以内留置される。
捜査が終わらなければ、さらに10日間以内の延長もあり得る。
起訴されれば、裁判が終わるまで勾留が続くが、
「保釈」が認められると判決までの間自由になれる。・・・等々。
さらに、取調べにあたっての注意を告知。
・・・ 黙秘権があり、取調べでずっと黙っていても、答えることを拒否しても、
これを理由に不利益に取り扱うことは許されないこと。
警察官や検察官が作る供述調書に書かれたことは裁判で証拠になるので、
答えるときも、何を聞かれているのかをよく確かめて、正しく答えること。
身に覚えのない自白をしてはいけないこと。
供述調書に署名・押印を求められても、
読み聞かせで違っている部分があれば、必ず訂正を求めること。
内容に納得できなければ、署名・押印も拒否できること。
弁護人選任権があり、弁護人をつけることができること。・・・等々。
接見の結果、Aさんは、私に弁護を依頼することになった。
弁護人選任届作成。
家族や勤務先への謝罪の気持ちなどの伝言を受ける。
翌日朝一番で、弁護人選任届を検察庁に提出し、勾留状謄本の交付申請を裁判所に行う。
数日後に交付される勾留状謄本は、被疑事実の正確な把握に役立つ。
以後、2〜3日に1回の割合で、接見を行い、
Aさんから取調べの状況を聞いては、アドバイス。
家族や勤務先との連絡・連携への弁護人の援助も、
身柄を拘束されている被疑者にとっては大事なことである。
3 コカイン、大麻との決別
Aさんは、弁護人との接見を通じ、覚悟を決めて全てを明らかにして罪を償う決意をした。
逮捕後の自宅での家宅捜索に際しても、
自ら進んで自宅にコカインが残っていることを告白し、
そのコカインの所在を申告した。
家宅捜索で、自宅から少量のコカインが出た。
逮捕後に任意提出した尿からは、
数日前に使用したコカインが検出された。
Aさんは警察官や検察官の逮捕後の取り調べに素直に応じた。
自己の記憶するところは正直に話し、密売人の特定にも協力した。
約2年近くにわたり継続的に、コカイン、大麻を購入して使用していたAさんは、
今回、逮捕されたことをきっかけに、薬物から完全に手を切る決意をした。
「このまま捕まらないでいたら、どこまでエスカレートしたか知れません。
今回逮捕されたおかげで、これ以上薬物依存をエスカレートさせないですみました。
本当に今回捕まってよかったと、今は感謝の気持ちでいっぱいです。」
と接見した弁護人に語った。
4 薬物は人生の危機を襲う
Aさんが薬物にはじめて手を染めたのは、25歳の時のこと。
海外旅行中、ロサンゼルスで知りあった現地日本人に
大麻を貰って使ったのが最初であった。
間もなく帰国した後は、入手手段・機会がないまま、
10数年の長きにわたり薬物に手を染めることはなかった。
33歳の時に結婚し、長男を得たが、一家の平穏な生活は長くは続かなかった。
課長に昇進して、大型プロジェクトの責任者に抜擢され、
仕事にやり甲斐が出ると同時に、いきなり責任も重くなった。
残業続きでくたびれ果てて帰宅する深夜、
慣れない子育てに疲れ切った妻との間で、
毎晩のように言い争いが起きた。
心労が重なり、うつ病に罹患し、プロジェクトの責任者をはずされた。
Aさんのうつ病は、軽快と悪化を繰り返し、会社も休職・復職を繰り返した。
そのような病状の中で、家庭生活もうまくはいかず、
とうとう4年前、妻の申し出で、
長男の親権者を妻とする協議離婚をせざるを得なかった。
愛する息子との別離は、寂しさとうつ病による不安感を増幅させた。
離婚後の寂しい生活のなかで、キャバクラ通いが始まった。
自暴自棄になり、そこで知りあったホステスから
大麻の密売人の連絡先電話番号を教えてもらい、
ついには大麻を注文して購入するようになった。
薬物は、人生の危機のその時、弱った心を襲う。
気分が晴れてうつ病による不安感等がやわらぐ。
その刹那だけ、もとの活力あふれる自分を取り戻せる。
同一の外国人の薬物密売人から2年余にわたり、
気がつくと、給与・貯金の全てを大麻とコカインに注ぎ込んでいた。
5 起訴と保釈
Aさんは、20日間の勾留を経て、
麻薬及び向精神薬取締法違反及び大麻取締法違反の罪で起訴された。
コカインが尿から検出された鑑定に基づく麻薬使用の罪、
逮捕時の大麻所持の罪及び家宅捜索時の自宅における麻薬(コカイン)所持の罪である。
起訴後、Aさんの依頼で、直ちに保釈を申請。
深く反省し自己の行動についての裁きを受ける決意をしていることや
健康上の理由(うつ病悪化による治療の必要)もあって、
200万円の保釈保証金で保釈許可決定が出された。
被告人の両親が被告人の身柄を引受けることを積極的に申し出た。
独身で単身生活をしていた被告人を、両親が自宅に引き取り、
必要な治療を受けさせるなど適切な療養看護に努めた。
6 本人、そして家族、上司の裁判での誓い
裁判では、Aさんは、
起訴事実をすべて認めた上で深い反省の気持ちを述べて
二度と薬物に手を出さないことを心から誓った。
情状証人として出廷してくれた上司は、

休業していた期間を除き、Aさんが、
会社ではまじめに仕事に従事していたことを証言し、
裁判が終わり社会復帰できた際にはAさんが復職することを許し、
しかし従前とは異なり、本件犯罪を犯したことを十分に踏まえ、
Aさんが二度と犯罪行為に及ばないように監督をすることを約した。
両親も、こもごも、
引き続き両親の自宅にAさんを住まわせ、監督を強化するなど、
Aさんに二度と薬物に手を出すなどの一切の犯罪行為をさせないと、
その決意を固め、監督することを約した。
また、母親は、Aさんのうつ病の治療のみならず、
医師から紹介を受けた薬物から手を切るための
グループミーティングにAさんを通わせるなど、
Aさんの更正への環境を調えつつあることを証言した。
Aさんは、本件に関する深い反省と謝罪の気持ちを込めて、
日本弁護士連合会及び第一東京弁護士会に対し、金20万円の贖罪の寄付をした。
判決は、
Aさんには、大麻及びコカイン使用の常習性と依存性がうかがわれ、
その刑事責任は到底軽視できないと指摘しつつ、
Aさんの深い反省と贖罪寄付、
上司や両親の監督の約束、
前科前歴がないことなど、
Aさんのために酌むべき事情があるとして、
執行猶予付きの有罪判決を言い渡した
(懲役2年6月、執行猶予4年、押収されたコカインの没収)。

7 判決から、早1年余
Aさんは、両親の自宅から、会社にまじめに出勤し、
上司の監督の下で、懸命に仕事に励んでいる。
うつ病も軽快し、服薬を続けながらも更正の道を歩むAさんの
未来が明るい希望に満ちたものとなることを祈るや切である。