(※全て仮名です。事情も若干変えてあります。)
1 竹子さんの老いじたく
竹子さんは、小料理屋の粋な女将であった。
家庭は持たなかったが、自由に気ままな一人暮らしに満足してきた。
60過ぎて体力に限界を覚え、小料理屋は店じまいした。
親が残してくれたアパートの賃料収入で生活の不安は何もない。
国民年金も入る。
悠々自適の老後ライフのはずだった。
竹子さんは、気っぷも良かった。
店子(=賃借人)が賃料滞納しようが催促もなしに住まわせた。
高齢者の店子の水高熱費は、
納め忘れてストップされないように、自分の銀行口座から引き落とし、
その後に計算して請求するという面倒を長年引き受けて来た。
「何とかなるわよ。」-これが竹子さんの口癖であった。
つまりは、竹子さん、何の老いじたくもしていなかったのである。
2 社協のサポート
こんな気前の良い無防備な方には、
ヒルのごとき人物が近寄ってくる。
老いと孤独感は、人を優しい言葉にもろくさせる。
さらには、竹子さんには「認知症」が密かに進行して行った。
竹子さんに取り憑いたヒル男の中村は、
優しい言葉と脅し文句をたくみに使い分け、
竹子さんの貯金を吸い上げ、家賃・年金を横取りし、
挙げ句の果ては国民年金を担保に90万円を借りさせ、吸い上げた。
この返済のため、月額6万円の国民年金、むこう2年間は、月額2万円となった。
国民年金以上に竹子さんの老後の重要な収入源であるアパート。
竹子さんの住まう部屋を含めて合計15室もあるのだが、
その15室は3畳間~6畳間の狭小な貸間にして、
いまどき風呂無し・共同炊事場・共同トイレというレトロな木造アパートである。
おまけに戦後まもなく建てられた築66年の高齢アパートなものだから、
老朽化の一途をたどっていた。
かくして、一人去り二人去りして、とうとう店子は5名になっていた。
さらに悪いことに、貴重な店子の一人は、長期賃料滞納者であった。
※注:社会福祉協議会とは・・・ 社会福祉活動推進を目的とした非営利民間組織。地域福祉の主力。 |
社会福祉協議会(略称「社協」。※注参照)
の担当者が竹子さんの窮状をキャッチした時、
竹子さんの貯金は底をつきかけ、
毎月4〜5万円で生活をしていた。
銭湯にもいかず、食事も好物だからと干し芋ばかりを口にしていた。
「何とかなるわよ。」と断る竹子さんを説得し、
社協担当者は、竹子さんを老人保健施設に入所させた。
ヒルのようにまとわりつく中村から避難させたのである。
おかげで、賃料や年金の横取りも止んだ。
また、社協担当者は、竹子さんを医師のもとに連れて行った。
医師の診断は、
「後見相当」(もはや自分で判断する能力を持たない状態)であった。
今後、竹子さんの財産管理や施設入居関係の契約をするには、
後見人が必要になった。
そこで、
「区長申立」(身寄りのない困窮者について区長が後見申立をすること)
をすることになった。
しかし、問題は、身寄りのない竹子さんには、後見人のなり手がいないことである。
親族、友人に候補者がいない場合、第三者の専門家が後見人になることが多い。
後見人になる専門家の代表は、弁護士、司法書士、社会福祉士である。
※注:「オアシス」とは・・・ 東京弁護士会に設置された高齢者・障害者総合支援センター。電話相談・面接相談の他、財産管理、後見、相続遺言等、高齢者と障害者の支援の依頼を受けている。 |
東京弁護士会の「オアシス」(※注参照)
を通じて依頼を受けた私は、
竹子さんの後見人になることを承諾した。

3 社協から弁護士へバトンタッチ
後見申立から約4ヶ月後、竹子さんの後見人に就任した。
まずは、生活費全般の洗い直しである。
店子たちの水高熱費が、
精算もなされないまま口座から引き落とされ続けていた。
未精算の水高熱費をはじき出し、
払った・払ってないとのスッタモンダの後に、店子ごとに精算をした。
各店子の水道、電気、ガス料金の支払いは、
竹子さんの口座引き落としをストップし、
各店子に今後は独立して支払ってもらうよう手配した。
固定資産税・健康保険料等の滞納状況を調べ直し、滞納を少しずつ解消した。
アパートの空き室を新たに賃貸に出せないものかあれこれ算段した。
が、築66年の老朽化したアパートはネズミが走り回り、雨漏りはする
−荒廃の極みであった。
リフォーム費用など、全く、ありません。
そうこうするうちに、店子の一人が亡くなった。
80代の高齢者の上、身寄りがないとのことである。
部屋には生活道具一式を残したままである。
大家は勝手に処分してはいけない。
かといって、そのままでは新たな賃貸に出すこともできない。
相続人を探索し、ようやく他県に住む娘さんを探し出した。
40年前妻子を捨てて駆け落ちした父親の後始末などしたくない、
相続放棄をすると言う娘さんに、
頭を下げて私物の引き取りに来てもらった。
さて次は、やっかいな長期賃料滞納者問題である。
これまたスッタモンダの交渉の上、退去させ、滞納賃料の分割払いを約束させた。
だがしかし、分割払いの約束は一度も守られなかった。
やむを得ず訴訟を提起し、ようやくこの春から月2万円の分割払いが始まった。
わずか2万円とはいえ、竹子さんにとっては貴重な収入源である。
この夏には、年金担保の貸付金の月額4万円の返済が終わる。
竹子さんの生活の見通しがようやく立つようになった。
4 老いじたく
久しぶりに、竹子さんに面会に行った。
仕方のないことであるが、前に私と会ったことなど忘れていた。
「初めまして。」と改めて自己紹介をし、
アパートや生活費の管理をしていることを説明すると、
深々と頭を下げられた後、生活費の支払いや店子の心配をし始めた。
皆さんお元気ですし、
家賃もきちんと支払ってくれていますよ、
税金その他の支払も滞りありません
・・・そう話すと、竹子さんはホッとして笑顔になった。
干し芋生活でやせ細っていた竹子さんは、
栄養管理の行き届いた3食の食事、清潔な部屋での生活の中で、
血色も良くふっくらとなっていた。
「老いじたく」を忘れてしまった竹子さんだったが、
社協と弁護士との連携プレーで、ようやく遅ればせながらの「老いじたく」が整い、
今、穏やかな老後の時間が流れている。