薬害肝炎裁判の成果と今後の課題〜28号(2009年1月1日)弓仲

 

 はじめに

         点滴@マンガ無し.GIF
A子さんは、1987年3月B産婦人科病院にて長男を出産

その際、分娩後弛緩出血を起こしたため、

止血目的で、薬を点滴投与された。

出産から約1ヶ月半後、発熱、だるさ、黄疸症状等のために、

同年5月にC総合病院受診し検査したところ、急性肝炎との診断

 そのため、生まれたばかりの子どもを夫の実家に預け、即入院となった。

入院は当初3ヶ月の予定のところを子どもが小さいからと、約1ヶ月で退院。

そのまま夫の実家で世話になった。

体のだるさは続き、子どもの面倒も自営の主人の仕事の手伝いも出来ず、

この病気に対する世間の無理解にも苦しんだ。

東京に住む主人の兄夫婦の勧めで、

1989年7月、D大学附属病院を受診し、通院。

1993年9月、D大学附属病院に入院し、肝生検を行い、慢性肝炎と診断される。

直ちに、インターフェロン治療を開始

副作用と闘いながらも、インターフェロン治療の継続を決意し、

夫の実家近くのE医院にて6ヶ月間、週3回行うが完治することはなく、

検査や投薬のためにD大学附属病院とE医院そして自宅近くのF協同病院と通院を続けた。

その後、闘病生活を支えてくれた夫も病気になり、入院と手術をくり返すようになった。

頭痛女A.GIF病気になる前のように動くことが出来ないA子さんは、

自営業の夫の手伝いもままならず、

 治療の為の経済的負担が重くのしかかった

疲れやすい体を抱えながら、

いつ肝硬変や肝臓癌になるのかという不安と闘いながら辛い生活を送っていた。

A子さんは、2006年秋ころまでに、マスコミ報道等で、

薬害C型肝炎の訴訟が全国で行われていることを知るようになり、

薬害肝炎東京弁護団に相談。 ビル@Gift.GIF

弓仲が担当し、調査したところ、出産したB産婦人科病院で

止血のために、問題の血液製剤フィブリノゲンが投与されていたこと

それを裏付けるカルテなどが残っていること等が判明した。

2007年2月に

国と製薬企業を相手取り、東京地方裁判所に提訴した。

1   薬害肝炎訴訟

 

 (1)  数年の準備期間を経て、 

  2002年10月21日、第1次提訴(東京地裁、大阪地裁)。

  被告は、国と製薬会社

  (旧ミドリ十字−現田辺・三菱製薬侃 潟xネシス及び日本製薬梶j。

  2008年1月の国との基本合意(後述)の時点での原告数は、

  東京、大阪、福岡、名古屋及び仙台の地裁・高裁

  合計で200名余りであった。

(2) 本訴訟の目的を、弁護団は、以下のとおり定めた。 議論男性・塗りつぶし.GIF

@) 血液凝固因子製剤(フィブリノゲン製剤、クリスマシン、

     PPSB−ニチヤク等の第\凝固因子製剤等)

   の投与を受けてC型肝炎ウィルスに感染した

     患者等の救済を求めること。

A) 汚れた血液を材料としながら、その危険性を軽視して

     ウィルスの汚染した血液製剤を大量に製造販売した

     製薬会社の法的責任の追及。

 B) 上記血液製剤につき、

     その必要性の認められた先天性血液凝固因子欠乏症に

   適用を限定することなく製造承認を与え、

   その後も承認取消等適切な権限を行使しなかった国(薬事行政)

     の法的責任の追及。

 C) @〜Bの訴訟での実現を勝ち取る

   (法的責任の明確化。薬害患者被害者の救済) とともに、

   薬害肝炎被害の真相究明と再発防止。

D) 薬害肝炎訴訟を通じて、

   血液凝固因子製剤以外の原因によって感染したC型肝炎被害

     の全容を明らかにし、

   全てのC型肝炎ウィルス感染者の被害回復、

     全肝炎患者への恒久対策の実現。

 2  製薬会社の責任

(1) 「製薬会社は、医薬品の安全性、有用性確保についての

     重い法的責任を負っているものであるから、

   有用性のない医薬品を製造、販売してはならず、

   有用性が一定程度ある医薬品についても、

     危険性がある以上は、その危険性回避のために

   最大限の努力を払わねばならないというべきである。」

   (大阪地裁判決)

(2) 1960年代初め頃には、

   相当の割合での輸血後の肝炎感染が知られており、

   血清肝炎が高い割合で慢性化し、

   肝硬変に移行し得る重篤な病である事は知られていた。

   その後の発見や症例研究により、

   1978年頃までには輸血によって起こる肝炎の大部分が

   非A非B型肝炎(C型肝炎)であり、

   慢性化する確率が高く、重篤な病気であることが明確になっていた。

   他方で、

   1960年代から、プール血漿による濃縮血液凝固因子製剤は、

   本来的に肝炎ウィルスに汚染されている危険性の高いことが知られていた。

ミーティング.GIF1977年には、

アメリカで、FDA(食品医薬品局)が、

フィブリノゲン製剤の危険性を指摘し製造承認を取り消した。

 

   その情報に接した後も、

   製薬会社は、血液製剤による肝炎感染の危険性を軽視し、

   その警告や適応限定もせず、漫然と大量の製造・販売を続けた。

 

(3) 製薬会社が、

     当該血液製剤の有用性が否定された後も漫然と対策をとることなく、

     製造・販売を続けたことは医薬品安全確保義務に違反する。

     また、添付文書等で、危険性を警告することなく販売を続けたことは

     警告義務に違反する。

 

3   国の責任

リストラ後残ったヤツ.GIF(1) 非加熱フィブリノゲン製剤・第\凝固因子製剤の

     製造承認時手続が極めて杜撰であった。 

     承認申請時の臨床試験資料の内容の杜撰さを見逃した。

(2) 非加熱フィブリノゲン製剤・第\凝固因子製剤の適応を、

     元来の適応症例(先天性疾患)に制限せずに製造承認をし、

     産科領域での出血に安易に使用させて、

     危険な血液製剤の被害を拡大した。

(3) 製造承認後も、新たな知見で危険性が分かったにもかかわらず、 

     先天性疾患などに適応を限定するなどの規制権限を適切に行使せずに、

     危険な血液製剤の被害を拡大した。

(4)  加熱フィブリノゲン製剤の製造承認にあたっても、

     製造承認時手続が極めて杜撰であった。

(5)  フィブリノゲン製剤・第\凝固因子製剤について、

     危険性を示す情報に接した後も

     適切に危険性を警告することなく販売・使用を続けさせたことは

     警告義務に違反する。

 大阪判決・福岡判決・東京判決・名古屋判決(4判決)と仙台判決

      提訴後4年余乃至5年余で、5地裁の判決が出された。

(1) いずれの判決も、国及び製薬会社の法的責任を認めて断罪した。

(2) 輸血と血液製剤との併用事例も含めて、

     本件原告らの被害と被告らの行為との法的因果関係を認めた。

(3) 損害論で、個別事情の加味については程度の差があるものの

     原告らの症状段階別の包括一律請求の考えを認めた。

(4) 仙台を除く4判決は、

     フィブリノゲン製剤については、被告国と企業の責任を認めたが、

     その内、大阪・福岡両判決は、

     第\凝固因子製剤について原告を全て敗訴させた。

     東京は、

     一部の第\凝固因子製剤の原告につき企業責任のみ認めたが、

     名古屋では、

    第\凝固因子製剤の原告につき企業のみならず国の責任までを認めた。

(5) 名古屋以外の3判決は、

   フィブリノゲン製剤についての、被告らの責任につき、

   使用時期により、有用性の判断についての評価を区別し、嫌いマンガ.GIF

   救済されない原告を生ぜしめた。 

(6) 仙台判決は、

   フィブリノゲンについての国の責任まで否定するなど

   論外のものであった。

   他の裁判所の国の責任を認める判決を梃子に、

   全国の原告団・弁護団・支援団体とともに、

   国に早期解決を求める運動を巻き起こし、前進を目指した。

 2007年3月東京判決以降の運動の発展と国との和解合意

(1) 全国原告団・弁護団・支援団体などが、

   2007年3月末、

   同8月上旬の厚生労働省を臨む公園での座り込み、国会要請など、

   安部内閣での全面解決を目指して運動を展開したが、

   2007年8月の安部総理の突然の政権投げ出しで頓挫。

(2) 9月以降の原告らの運動の発展のなかで、

   フィブ リノゲン製剤の投与により肝炎に感染した可能性のある

   患者の個人情報(418 名分)を田辺・三菱製薬の子会社が把握していながら、

   患者にその情報を告知せず、

   そのリストに入っていた原告の裁判でも、

   フィブリノゲン投与の事実を争っていたこと等が報道され、

   国会でも追及されるに至った。

   この製薬企業のひどい対応と報告を受けていながら放置してきた

   厚生労働省の対応は、全国民の怒りに火をつけた。

(3) 国会での論戦を通じ、

   薬害被害者全員の症状に応じた一律救済と恒久対策を求め、

   世論を盛り上げ、

   野党のみならず与党・官邸への働きかけにも力を注いだ。

(4) 大阪高裁での和解勧告があったものの、国側の姿勢が、

   原告らの目指す「薬害と立証のできる原告」の

   「全員一律救済」にはほど遠く、

   線引きを前提とするものであったから限界があった。

(5) 師走の銀座、巣鴨、高田馬場等での街頭宣伝等の

   「総理の政治決断」を求める運動が盛り上がり、

   マスコミ報道を通じて全国民の怒り共感が広がった。

   そのような情勢の下で、

   年末に福田総理が、

   立法による薬害肝炎被害者の全面一律救済を決断するに至った。

(6) 2008年の年明け早々の

   薬害肝炎被害救済法の成立と国との基本合意締結により、

   薬害肝炎の被害救済は、一歩前進した。

   2008年1月の国との基本合意により、

   既提訴原告の全員につき、

   被害の程度(キャリア、慢性肝炎、肝硬変・死亡の3ランク)に応じた

   給付金の支給等が約束され、

   製剤の種類、投与時期の区別による切り捨てなき全員一律救済を勝ち取った。

   また、今後の未提訴患者についても、

   「薬害立証」のできる肝炎被害者全員の一律救済が実現することとなった。

   1月15日には、国との基本合意を締結し、

   厚生労働省で舛添厚生労働大臣の謝罪を受け、

   同日、首相官邸において、福田首相の謝罪を受けるに至った。

 

   冒頭のA子さんについても、国との基本合意を受けて、

   2008年3月に、訴訟上の和解が成立し、

   救済法に基づき、慢性肝炎の薬害肝炎被害者として

   2000万円の給付金の支給をうけることができた。

(7) さらに、製薬企業の謝罪・製薬企業との基本合意を目指し、

   交渉を進めた結果、

   田辺三菱製薬鰍ニは、2008年9月28日に、

   日本製薬鰍ニは、2008年12月14日に、

   各基本合意を締結するに至り、

   各製薬会社の社長より、原告らに対し謝罪が為されるに至った。

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 残された課題と今後の闘い

(1)  薬害被害者(既提訴原告)の全員救済の手続きを前進させるとともに、

   「薬害立証可能な肝炎患者」の新規提訴へ向けて引き続き努力中である。

   裁判上の和解については、現在までの総数1200名余の原告中、

   フィブリン糊の原告等、国が未だ和解に応じない原告が半分程度残っており、

   追加立証等を巡り、国とのせめぎ合いが続いている。

(2) 基本合意に基づく、国や製薬企業のとの定期協議開催により、

   肝炎恒久対策等につき今後とも協議が続く。

(3) 薬害肝炎被害発生の原因等を究明し、

   再発を防止するための検証会議も

   国との基本合意に基づき、開催されている。

(4) 新規薬害被害者の救済手続きは、

   東京、大阪、福岡、名古屋、仙台の各弁護団で順次提訴が進んでいるが、

   カルテ等はないものの、その余の立証資料(担当医師の証言等)のある事案

   について、個別事例の調査を進めつつ、

   テーマごとの提訴限界をさぐる集団討議を積み重ねられている。

(5) さらに、薬害「立証」ができず、提訴困難なC型肝炎患者、

   その他の肝炎患者の治療と恒久対策をめざし、

   薬害肝炎原告団・弁護団では、

「もう待てない!350万人のいのち」をスローガンに、

「肝炎対策基本法(肝炎患者支援法)」の制定を求めて

「肝炎患者全国支援のための全国キャンペーン」を展開中である。

 

引き続き、ご理解・ご支援を!!