※氏名等は全て仮名です。
1 「不渡りだけは...。」
やつれきった源三さんは絞り出すようにこうつぶやいた。
源三さんの鉄工所は、
負債1億円を抱え今や青息吐息の状態である。
経営難から高利の借金を重ねて1年前倒産しかけた時、
奥さんのトミさんは自殺未遂までしてしまったという。
。
今回鉄工所の敷地を処分したが、
売却代金を負債に充てても2千万円の負債が残る勘定である。
負債を残さないためには、自宅をも処分するか、
暴利を貪ってきた高利貸相手に戦うか、
二者択一が迫られている。
2 トミさんが嫌がる源三さんを説得して
事務所に連れてくる迄に1か月かかった。
源三さんがなかなか腰をあげなかったのは、
高利貸達から、
「弁護士に駆け込んだら、土地を競売で叩き売り、
借金のかたの手形も一挙に振り込んで商売をできなくしてやる。」
と脅かされていたからであった。
源三さんにとって、
戦争直後の混乱期から裸一貫で築き上げてきた鉄工所は、
源三さんの人生そのものであり、
高利貸に土下座してまで借金をして、
取引先に迷惑をかけまいと死に物狂いで乗り切ってきたこの数年を思うと、
断腸の思いであろう。
だが、高利貸に言われるがままに支払うと、
今度は取引先関係の手形が落とせなくなる。
手形の不渡りが出るのはもう時間の問題なのである。
3 話し合いを始めてから5時間、
自宅は同居の息子夫婦のために残し、
そのための思い切った債務整理をするとの結論に一致をみた。
数日後、張りつめていた糸が切れたかのように、
源三さんは、持病が急激に悪化して入院した。
売却した土地の明渡期日の4か月後迄に
高利貸達の設定した担保も抹消しなければならないというタイムリミットの下、
入院した源三さんに替わって息子さんが仕事の采配を一手に握り、
トミさんは取引先を飛び回った。
高利貸のうち強硬な3社には、裁判を起こし、担保を抹消、
1991年3月末日には、土地明渡を完了、負債も完済された。