
昨年の暮れに、重要な最高裁決定が出た。
現在、国会で継続審議になっている
盗聴法(組織的犯罪対策法)案に反対する集会
で発言した寺西和史裁判官に対する決定である。
多数意見は、
反対集会に出席し裁判官であることを明らかにして発言
したのは、
裁判所法で禁じる「積極的政治運動」に当たるとして、 戒告処分を容認した。
しかし、
裁判官の独立と自由な表現が許されてこそ、
初めて市民の人権も十全の保障を受け得るものとなる。

自由に意見を述べる市民的自由に厳しい制限を課せられ、
「公正らしさ」の呪縛で居酒屋への出入りすらも自主規制させられている
日本の裁判官に比べ、

ドイツの裁判官達は、
例えば「反核法律家の会」に属して
市民団体の集会にも出かけて活発な発言をしたり、
環境保護その他の市民団体に加入して法律顧問を務めたりもするし、
自由にビアホールへも出入りするという。
反対意見も指摘していたが、
「裁判官は、
裁判所の外の事象にも常に積極的な関心を絶やさず、
広い視野を持ってこれを理解し、高い見識を備え」ねばならず、
「独立し積極的な気概を持つ裁判官を
...理想像とするなら...
懲戒権の発動」は差控えるべき
であった。

5名の裁判官が反対意見を書いて寺西裁判官への懲戒処分に反対したのは、
自由で独立した裁判官を求める国民の声の反映として貴重な成果であった。
10名の多数意見の構成は、
裁判官6名、検察官2名、行政官1名、外交官1名の「官」出身者。
これに対し5名の反対意見の構成は、
弁護士4名、学者1名の「民」出身者であった
−ここに、現在の司法の問題性が見事に象徴されている。
組織犯罪対策などを口実に企てられた盗聴法案が成立するならば、
警察の判断ひとつで市民の電話も盗聴の対象とされ、
市民生活が警察の監視下におかれかねないなどと、
弁護士会や野党をあげて、この法案への反対が広がっているが、
この多数意見は、
自由闊達な若い裁判官が伸びやかに育つことを阻害
するのみならず、
警察に盗聴権限を与える盗聴法の立法化に結果的に手を貸すもの
となりかねない。
ちなみに、
山口繁最高裁判官は、争いのある少年法の改正問題について、
「可及的速やかに立法措置を」と記者会見で発言し、
政府の法改正の動きを後押ししているのであるが、
長官の発言が懲戒の申立ての対象にされたという話は聞かない。
とどのつまり、最高裁は、
裁判官が政府案に賛成するのはいいが、
反対するのはいけないというのであろうか?