世界一周旅行中、初めて日本の地を踏み、2日後、逮捕された。
新宿歌舞伎町を見物がてらの散歩中、
見知らぬアラブ人に執拗につきまとわれ、
「代金はいらない。気に入ったらまたここに来てくれ。」
・・・と小さな包みを押し付けられた。
その後、たまたま警官の職務質問にあい、彼は素直にポケットの中身を取り出した。
小さな包みに警官は目を止めた。
包みの中身は、大麻樹脂0.8gであった。
大麻取締法違反の罪である。
当番弁護士で接見に駆け付けた時、彼は憮然としていた。
彼の国イタリアでは、微量の大麻所持は犯罪ではないからである。
2回目の接見時、彼は苛立っていた。
「何時迄こんな所に閉じ込められるのか?」
ー彼のこの焦燥は彼にしてみると、もっともであった。
日本の司法手続は実にゆっくり進むからである。
3回目の接見時、彼は投げやりになっていた。
「どうせ検察官は僕の話しを聞かないんだから話しを合わせるよ。」
ーが、彼のこの態度は改めてもらった。
準備したイタリア語訳付きの事件に関する質問兼回答書を示し、
あきらめないでこれに真実を書くように説得した。
又弁護人の当職との連絡も密に行い、
弁護活動への協力を惜しまないと約束した。
こちらの求めに応じ、
ローマ警察からエンリコの前科・前歴なきことの証明書を取り寄せ、
イタリアでは2.5g以下の大麻所持は違法行為とならない旨の
調査結果報告書を大使館名義で作成し、
−これらの書類には翻訳文を添付してくれたことはもちろんである−
更に本国から来るという兄姉に裁判の証人に立つ事の了解を得て、
裁判前日の兄姉との証人尋問の打ち合わせにも担当者と通訳が同行した。
国の違いから来る弁護活動の障害を十分に補ってくれたのである。
裁判当日、後ろ手錠・腰縄付きで出廷した弟の姿に傍聴席の兄と姉は涙した。
姉のテスも、気力を奮い起こして証言し、
兄のペールも、検察官の追求にもひるまず、
初めての日本、初めての裁判で、
二人を支えているのは、弟を守るとの決意だけであった。
エンリコは、真摯に悔悟・反省の言葉を述べた。
懲役8月、執行猶予3年の判決が即日に言渡され、
エンリコは即時釈放となった。
エンリコは、傍聴席の兄と姉に駆け寄り、泣きながら肩を抱き合った。
兄と姉は、嬉しそうに私に語った。
「今夜は弟をはさんで、川の字になって寝ます。」
後日、イタリア大使館から日本文での礼状が届いた。
過日、若いイタリア人を貴殿が弁護して下さった時に示された心暖まる 献身と我々の為に何度も貴重な時間を割いて下さった事を心から感謝 致します。 これらの総合的な努力が貴殿の職業上の能力とあいまって、 良い結果をもたらしたものと確信致します。
イタリアではこの若者の家族が貴殿を賞賛するとともに情愛のこもった 感謝の気持ちを現しています。
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もし私が、異国で、
日本では犯罪にならない事で逮捕され裁判にかけられたとしたら、
その時、日本大使館は助けてくれるだろうか?
・・・助けてはくれないだろうなぁ。
日本の大使館・領事館はパーティで忙しくって、
同封してあった写真の中で、兄・弟・姉が仲良く肩を組んで笑っていた。