「弟を国に連れ帰るために私は日本に来ました。」
ぺールは、証言台で毅然と答えた。
2か月半前、ペールの22歳の弟エンリコは、
世界一周旅行中、初めて日本の地を踏み、2日後、逮捕された。
新宿歌舞伎町を見物がてらの散歩中、
見知らぬアラブ人に執拗につきまとわれ、
「代金はいらない。気に入ったらまたここに来てくれ。」
・・・と小さな包みを押し付けられた。
その後、たまたま警官の職務質問にあい、彼は素直にポケットの中身を取り出した。
小さな包みに警官は目を止めた。
包みの中身は、大麻樹脂0.8gであった。
大麻取締法違反の罪である。
2 当番弁護士で接見に駆け付けた時、彼は憮然としていた。
「何で僕がこんな所に閉じ込められるんだ?」
ー彼のこの疑問は彼にしてみると、もっともであった。
彼の国イタリアでは、微量の大麻所持は犯罪ではないからである。
2回目の接見時、彼は苛立っていた。
「何時迄こんな所に閉じ込められるのか?」
ー彼のこの焦燥は彼にしてみると、もっともであった。
日本の司法手続は実にゆっくり進むからである。
3回目の接見時、彼は投げやりになっていた。
「どうせ検察官は僕の話しを聞かないんだから話しを合わせるよ。」
ーが、彼のこの態度は改めてもらった。
準備したイタリア語訳付きの事件に関する質問兼回答書を示し、
あきらめないでこれに真実を書くように説得した。
3特筆すべきは、イタリア大使館の献身的な協力であった。
担当者が3〜4日置きエンリコに面会し、
又弁護人の当職との連絡も密に行い、
弁護活動への協力を惜しまないと約束した。
こちらの求めに応じ、
ローマ警察からエンリコの前科・前歴なきことの証明書を取り寄せ、
イタリアでは2.5g以下の大麻所持は違法行為とならない旨の
調査結果報告書を大使館名義で作成し、
−これらの書類には翻訳文を添付してくれたことはもちろんである−
更に本国から来るという兄姉に裁判の証人に立つ事の了解を得て、
裁判前日の兄姉との証人尋問の打ち合わせにも担当者と通訳が同行した。
国の違いから来る弁護活動の障害を十分に補ってくれたのである。
4 裁判当日、後ろ手錠・腰縄付きで出廷した弟の姿に傍聴席の兄と姉は涙した。
極度の緊張と疲労の連続で裁判直前に倒れた
姉のテスも、気力を奮い起こして証言し、
兄のペールも、検察官の追求にもひるまず、
冷静に毅然と証言した。
初めての日本、初めての裁判で、
二人を支えているのは、弟を守るとの決意だけであった。
もし私が、異国で、
日本では犯罪にならない事で逮捕され裁判にかけられたとしたら、
その時、日本大使館は助けてくれるだろうか?
・・・助けてはくれないだろうなぁ。
日本の大使館・領事館はパーティで忙しくって、
日本の庶民の世話などやっている暇がないだろうから。