9.1追悼式典、無事開催へ〜(2020年8月15日)弓仲
関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典、
東京都の不当条件撤回で開催へ
1 関東大震災での流言蜚語と殺傷事件

1923年9月1日の関東大震災の大混乱の情勢下で、
朝鮮人が「暴動を起こした」「毒薬を井戸に投じた」「放火、略奪している」
等々の流言蜚語が多数飛び交った。
社会主義者による放火・暴動等の流言もあった。
政府は、9月2日、緊急勅令による戒厳令(戒厳宣言)を発した。
関東戒厳司令官は、9月3日、警視総監外の関係部署に対し、
戒厳令適用に際しての方針を通達した。
そこでは、
戒厳の目的として「不逞の挙」に対し罹災者「を保護する目的」を掲げ、
犯罪行為を予防・鎮圧する治安行動が必要な事態が生じている旨の
危機感を伝えていた。
この危機感は、自警の指示や末端巡査の巡回などにより、
自警団などの民間レベルにまで浸透した。
警視庁も、9月2日夕方には、
「災害時に乗じ放火その他狂暴なる行動に出づるもの無きを保せず。
・・・これら不逞者に対する取締を厳にして警戒上違算なきを期せらるべし」
との通達を発した。
警視庁がデマを事実とみなして、警戒態勢を指示する通達を出したことも、
流言の拡大に拍車をかけた。

その結果、
流言蜚語を信じた民間の自警団や戒厳令下の軍隊や警察により、
無実の朝鮮人多数に加え、中国人、日本人も虐殺された。
上記殺傷事件による死者数は、
震災死者数(約10万5千人)の「1〜数パーセント」にあたるとされている
(内閣府に事務局をおく中央防災会議の『災害教訓の継承に関する専門調査会』作成の
「1923年関東大震災報告書【第2編】」 2008年3月作成)。
2 東京都立横網町公園での関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典

現東京都墨田区(旧東京市本所区)横網町の
旧陸軍被服廠跡地は、
関東大震災時には
公園造営中のだだっ広い空地であった。
そこの東側と南側に多数の火災があり、
これに囲まれた地域の約4万人の人々は、
被服廠跡地へ避難せざるを得なかった。
そこに強風にあおられた炎が
激しい「火炎旋風」となり、
避難してきた人々や荷車・家財道具などを襲い、
被服廠跡地だけで推定3万8000人もの老若男女が焼死した。
この犠牲者を悼み「大正震災記念公園」、後の「横網町公園」に、
1930年、震災記念堂が整備され、
第二次世界大戦後は、
東京大空襲遭難者の身元不明者10万人余を震災記念堂に合祀し、

東京都慰霊堂と改称した。
関東大震災50年後の1973年には、
この公園の中に
「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」が、
「同追悼行事実行委員会」により
建立された。
以後、毎年9月1日には、この追悼碑の前で、
関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会(以下「追悼式典実行委員会」)
による追悼式典が、厳粛且つ平穏に行われてきた。
3 朝鮮人犠牲者追悼式典への攻撃
この追悼式典には、
歴代東京都知事からあの石原慎太郎都知事も含めて追悼文を送付してきた。
しかし、2016年7月に当選した小池百合子都知事は、
同年の追悼式には従前の都知事同様に追悼文を送付したものの、
翌2017年8月に、突然、追悼文を送らない方針を決めた。
自民党都議の都議会質問に呼応した方針変更であった。

小池知事が追悼文を送らない理由はこうだ。
毎年、横網町公園内の東京都慰霊堂にて関東大震災の9月1日と東京大空襲の3月10日に執り行っている遭難者慰霊大法要(東京都慰霊協会主催)に出席し、犠牲となった全ての方々への哀悼の意を表している。そこで個別の形での特別の追悼文送付を控えた。
小池知事に対する批判に対しては、さまざまな歴史認識があると思うとだけ答える。
しかし、関東大震災時に引き起こされた在日朝鮮人に対する虐殺は、
差別意識の問題と合わせて、
日本の植民地支配とも密接に結びついて起きたものである。
差別を背景にした虐殺による被害者と自然災害に基づく犠牲者を同列に論じることは、
虐殺の事実・歴史から目を背け、隠蔽することにつながるであろう。
この小池都知事の方針変更に呼応するかのように、
横網町公園では、2017年の9月1日以降、
デマを振りまき朝鮮人虐殺の事実を否定する団体
(「日本女性の会 そよ風」等。−以下「ヘイト団体」)が、
追悼式典実行委員会による追悼式典と同じ日時に、
同追悼式典と近接した場所で
「慰霊祭」と称する集会を開催するようになった。
この団体は、
同追悼式典を「歴史捏造」とする看板を出すとともに、
関東大震災時に「不逞朝鮮人が震災に乗じて略奪、
暴行、強姦を行い、日本人が虐殺された」などと
デマ演説、ヘイトスピーチを大音量の拡声器で流すなど、
同追悼式典を妨害してきた。
4 追悼式典への東京都による「誓約書」提出の条件提示
追悼式典実行委員会は、
2019年9月以降、東京都に対し、2020年の追悼式典のために、
都立横網公園の占用許可申請(都市公園法6条1項、2項)を重ねていた。
2019年12月 、東京都(建設局)は実行委員会に対し、
占用許可条件を示し、条件を遵守する旨の「誓約書」の提出を求めた。
その「誓約書」の内容は、
① 公園管理上支障となる行為は行わない
② 遵守されないことにより公園管理者が集会の中止等…を指示した場合は、その指示に従う
③ 指示に従わなかったことにより、次年度以降、・・・占用が許可されない場合があることに異存はない
などというものであった。
先にも述べたが、
1973年以降、40数年にわたり、
追悼式典実行委員会による追悼式典が、
公園管理上の支障も混乱も無く平穏に行われてきた。
また、これまでに上記のような「誓約書」の提出を求められたことなどは
一度もなかった。
ただ、2017年の9月1日以降、
前記ヘイト団体によるデマ演説、ヘイトスピーチの大音量拡声器での拡散等で、
追悼式典実行委員会による追悼式典の静謐は破られてきた。
周囲の市民に迷惑を及ぼしていたのは、前記ヘイト団体の方である。
かかる状況下で、上記「誓約書」の提出を占用許可の条件とすることは、
本来自由である「追悼式典」の運営や集会の自由への萎縮効果をもたらす。
さらに、ヘイトスピーチによる妨害行為を容認し、
へイトスピーチを助長することに繋がる。
この東京都の「誓約書」提出要請は不当であり、
撤回されるべきものであった。
5 東京都の「誓約書」提出要請の取り下げ
東京都(建設局)の上記不当な「誓約書」要請に対しては、
① 追悼式典実行委員会による撤回を求める声明(2020/05/18)
② 誓約要請撤回を求めるネット署名(3万人)
③ 知識人127名と1団体が賛同する共同声明
④ 自由法曹団東京支部による撤回を求める声明(2020/05/28)
⑤ 東京弁護士会による撤回を求める会長声明(2020/06/22)など、
様々な抗議の声が東京都の建設局や総務局人権部に届けられた。
東京都(建設局)の「誓約書」要請は、
追悼式典実行委員会と前記ヘイト団体との双方に出されていた。
追悼式典とヘイトの集会との双方を同列に規制することで、
「トラブル」回避を考えたようであるが、
大音量のヘイトスピーチで「慰霊の公園」の静謐を乱してきたヘイト団体と
何の落ち度もない追悼式典を同列に規制するのは、
公平・妥当とは到底言えない。

上記抗議の声の高まりの中、
2020年7月29日、
追悼式典実行委員会と東京都建設局との交渉の場で、
東京都は「誓約書提出を求めない」と明言し、
保留していた申請を受理した。
これにより、昨年末以来続いていた
「誓約書」問題に区切りがつき、
今年の追悼式典は無事行われることになった。
6 おわりに
東京都建設局は、前同日に、
横網町公園使用についての「注意事項10項目」を示した。
内容は常識的なものであった。
10項目中には、
「ヘイトスピーチ解消法の趣旨を踏まえ、いかなる差別的言動もしないこと」
が掲げられており、評価し得る。
東京都には、公共施設である横網町公園での差別的言動を確実に防ぐため
実効ある取り組みを行うべき責務があろう。
東京都がその責務を果たし、
今年の追悼式典が静謐な環境で執り行われることを強く希望する。
