オーロラを求めて〜(2017年8月15日)元倉
仕事の種類の変化や自身の年齢からくる感受性の変化もあるのか、

人生の終わり方を考える機会が増えた。
近年、自分の人生のエンディングを前向きに考える
「終活」との言葉が定着しつつある。
が、「終活」前にエンディングを迎えることがある。
これもまた人生である。
定年になったらオーロラを見に行こう

・・・定年退職して1ヶ月、彼女は長年の夢を胸に、
カナダ・イエローナイフに旅立った。
生まれて初めての海外旅行でもあった。
離陸後出された機内食を喉に詰まらせてしまった。
飛行機は急遽引き返して羽田に緊急着陸。
救急搬送された病院で死亡が確認された。
縁あってその遺産整理を引き受けた。
相続人は一人もいない。結婚はせず、こどもはいない。
数年の間に、両親・妹までが相次いで亡くなり、天涯孤独の身であった。
遺産総額は約4億円。
一部両親からの遺産であったものの、大半は彼女一代で蓄えていた。
40年勤務したとはいえ、中小企業の事務職での貯金には限度もあろう。

残された遺産を整理していて理解した。
彼女は無類の投資家だったのである。
ハイリスク・ハイリターンの様々な金融商品に、
大胆に、しかし慎重に、投資していたのであった。
何億ものお金を貯めて、
夢に見たオーロラを見に行く途中で死を迎えた。
60歳の彼女はこんなエンディング、想像だにしなかっただろう。
「せっかく貯めた財産を使わずに・・・何ともったいない」
「これからって時に・・・ご本人もあまりに無念だったろう」
「それ国庫に行くの?遺言書くらい書いておけば良かったのに」
と人は思う。
彼女にとって、蓄財に費やした人生は無駄だったのだろうか。
日中は地道な事務職をこなし、
仕事から帰ったらパソコンたたき、
彼女は類い希な投資感覚を縦横無尽に発揮して
マネーゲームを楽しみ人生を謳歌していたのではないだろうか。
他人にははかなく見えるかも知れないが、
おそらく彼女は毎晩光り輝くオーロラを見ていたのだ。
