通行地役権で兄妹の争い〜(2015年8月15日)弓仲
公道 | 甲 地 | |
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北 ↑ | 甲 地 (建物A) | |
丙 地 | 乙 地 (建物B) |
1 徹の父は、
一筆の土地(後の甲地と乙地)上に
建物A(甲地)と建物B(乙地)
を所有していました。
徹の妹恵子の結婚(1980年)に際し、
父は恵子に建物Bを贈与し、
ここに恵子夫妻は住み始めました。
この父の娘への愛が、
後日の兄妹の紛争の種となってしまいました。
建物B(乙地)から西側にある公道に出るには、
大回りして建物Aの前の通路(甲地の一部)を通るしかなかったのです。
父は贈与の10年前、公道に出る通路に敷石を敷き詰め使いやすくしてありました。
贈与後の1981年、父の旅行中その了解を得ずに、恵子は通路の敷石のうち欠けていない見栄えの良いものだけを選び取り、乙地上の建物Bの前を密に敷石を並べてきれいに敷き直してしまいました。
帰宅後父は、恵子のふるまいに激怒しました。
2 一筆だった土地は父の死(2006年)後遺産分割により、
建物Aの敷地甲地と建物Bの敷地の乙地に分筆され、
建物Aと甲地を徹が、乙地を恵子が、それぞれ相続しました。
父は遺言書を残していましたが、
折り合いが悪くなっていた恵子には乙地だけを相続させるもので、
それ以外の財産全部は徹が相続しました。
3 分筆登記と相続登記手続が2008年に終わったあと、
徹は、境界線上にフェンスを設置しましたが、
一部越境していた恵子宅の玄関タタキ部分はフェンスを設置しませんでした。
恵子夫妻は、それまでどおり、日常的に、徹の建物Aの前の通路(甲地の一部)を通り、大回りで公道に出ていました。
なお、徹と恵子との間では、恵子夫妻がこの通路を使うことについて、何の取り決めも話し合いもないまま推移しました。
4 2012年、恵子は、丙地を購入しました。
恵子夫妻は、甲地を通らず公道に出られるようになりました。
そこで徹は、境界上のフェンスを延長する準備を始めました。
5 恵子は、徹を相手取り、
通行地役権等を原因とし通行妨害禁止仮処分を申立て、
同手続き中に和解に向けた話し合いが行われたが
まとまりませんでした。
自分の土地(要役地)の便益のために、他人の土地(承役地)を利用できる権利を、地役権といいます。
このうち他人の土地を通行できる権利が通行地役権です。
結局、正式裁判で結着をつけることとなり、
徹は係争中はフェンスの設置を行わないことを約束し、恵子は仮処分命令申立を取り下げました。
6 恵子は、さらに通行地役権の確認を求める訴訟を提起しました。
恵子は、乙地を要役地、甲地を承役地とする
①通行地役権設定の合意があった、
②少なくとも黙示の合意があった、
③予備的に、通行地役権を時効取得した
などと主張しました。
7 裁判所は、地裁も高裁も、
通行地役権設定の合意は黙示的なものも含めて無かった、
通行地役権の時効取得もしていないとして、徹勝訴の判決を言い渡しました。
恵子は、不服として最高裁に上告しています。
恵子の言い分では、
甲地と乙地の境界に合意して相続登記をした際には、
要役地・乙地は承益地甲地の一部を通行してしか公道には出られず、
これは徹も承知なので通行地役権設定の合意があったというのです。
また、その後も恵子は甲地の一部を通行し続けて公道に出ていたが、
徹からは何のクレームもなかったので
少なくとも通行地役権設定の黙示の合意があったといいます。
しかし、もともと一筆の土地上の2棟の建物AとBの利用者の人的関係(父娘)に基づき、建物Bの通路部分として建物Aの前の土地の一部が事実上利用されていたものにすぎません。
恵子が相続で乙地を取得したのちも、
徹は過去の経緯に照らし、甲地の一部を公道に出る通路として事実上利用することを好意で認めていただけです。
何らかの利用権があるとしても、それは事実上のものか債権的な権利にとどまります。
そして、恵子が取得した丙地を通って建物Bから公道に出られるようになった以上、
上記利用権があったとしてもその利用権は目的を達したことにより消滅したと言うべきです。
裁判所は、地裁も高裁も、徹の上述の言い分を認め、
恵子の主張する通行地役権設定の合意(黙示の合意も含め)を否定したのです。
恵子は、また、1981年に甲地の一部に敷石を設置して通路を開設したから、
通行地役権を時効取得したとも主張しました。
しかし、もともとこの通路は、父が1970年に自らの費用負担で敷石を設置・開設し、以来通路として利用されてきたものであり、1981年に恵子が敷石を並べ替えるなどしたことをもって、取得時効の要件となる開設があったとは到底言えないのです。
さらに、民法上、地役権は、「他人」の土地を自己の土地の便益に供する権利とされており(民法280条)、要役地と承役地は所有者の異なる別個の土地であることが当然の前提とされています。
地役権を時効取得(民法283条)するためには、要役地所有者が、他人の土地である承役地上に通路を開設する必要があります(最高裁判例)。
地役権の時効取得においても、要役地と承役地は別個の土地であり、かつ、その所有者が異なることが前提とされているのです。
そして、恵子が、通路開設を主張する1981年当時は、乙地は分筆されておらず、現在の甲地と合わせて一筆の土地として存在し、その一筆の土地の所有権は全て父に帰属していたのです。
そもそも通行地役権成立の前提である所有権の異なる別個の土地、要役地も承役地も存在していないのです。
裁判所は、地裁も高裁も、Aの言い分を認め、
恵子主張の通行地役権の時効取得を否定したのです。
8 今後のことですが、
仮に最高裁でも徹が勝ったとしても、
恵子主張の通行地役権がないことが決まるだけです。
建物Bの玄関タタキの越境問題は未解決のままです。
玄関タタキの越境問題解決のためには、話し合いし、
無理なら、徹が裁判を起こして勝つしかありません。
裁判は面倒だと、仮に徹が実力行使で、
玄関タタキ部分も含む境界全てにフェンスを設置しようとすれば、
恵子から、今まで玄関タタキの越境は容認されていたとか、
玄関扉が開けなくなり権利の濫用だとか別の理由をつけて
フェンス設置禁止の仮処分や本裁判が提起されるかも知れません。
いずれの裁判でも、本件(通行地役権の存否)とは別の主張・立証が必要とされ、
紛争の長期化が心配されるところです。
兄妹間の紛争でもあり、どこかで、話し合い解決の道を探れればいいのですが……。
どうなることやら。