日本の宝〜(2014年8月15日)元倉


銃弾.jpg当たり前のことだが、

殺人は世界のどの国においても最も重い罪の一つであろう。

それは殺人が、国、種族、民族、

ひいてはヒトという種の存亡に関わるからだと思う。

他方で、戦争は何のかんのと正当化されてきた。

大量殺人であるにもかかわらず、だ。

 

しかし、正当化される戦争の範囲は、

経験の積み重ね、歴史の進展とともに狭まってきた。

人類の叡智の成果である。

 

戦争をしたい人々がいる。

どの時代、どの国にも、

戦争をしたい人々がいる。金の亡者s.jpg

人類の叡智より己の欲望が最優先する。

やっかいなことに、

この人々は、権力を握る術にすぐれている。

この人々は、「正当化できる戦争」の範囲を広げようとする。

これに限界があると、「戦争」の定義をいじり出す。

近年では、「反テロ」が「戦争」に置き換えられるようになった。

 



日本には憲法9条がある。

憲法@s.jpg日本はこの憲法9条で戦争を封印した。

日本の宝であり、世界の宝、人類の叡智である。

 

しかし、日本の戦争をしたい人々にとって、

憲法9条は大きな大きな重石である。

この人々は、

重圧.jpgこの重石の及ばない範囲を広げようとしてきた。

重石の定義をいじろうともしてきた。

重石を軽いものに変えようともしてきたが、

そのハードルの憲法96条はかなりの高さだ。

 

そこで一計を案じて、

昨年このハードルを下げようとしたが、失敗した。

かくなる上はこの重石をハリボテに変えることにした。

集団的自衛権行使容認の閣議決定は、その第一歩である。


 

取り憑かれたように暴走するリーダーを押し頂き、安倍首相s.jpg

日本の戦争をしたい人々は積年の悲願達成に奔走している。

なりふり構わないものの、手段は選んでいる。

頓挫した前回の失敗に学び、

慎重に策を練り、巧妙に手段を選び、大胆に実行している。

 

 

 

日本の宝が失われようとしている。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言われる。

第2次大戦の歴史に学んだ日本人の賢明さが、今問われている。